「……藤原さんは、母から安楽死の希望を聞いたことがありましたか?」
「ないです。僕があなたのお母さんと会っていた頃は、まだあなたも小さかったから、そんな考えは過(よぎ)らなかったでしょう。――寧(むし)ろ、その願望を語ったのは、僕の方です。」
「……。」
「安楽死というより、死の自己決定権の話をしました。お母さんとは、そんな深刻な話もよくしたんです。――人間は、一人では生きていけない。だけど、死は、自分一人で引き受けるしかないと思われている。僕は違うと思います。死こそ、他者と共有されるべきじゃないか。生きている人は、死にゆく人を一人で死なせてはいけない。一緒に死を分かち合うべきです。――そうして、自分が死ぬ時には、誰かに手を握ってもらい、やはり死を分かち合ってもらう。さもなくば、死はあまりに恐怖です。」
藤原は、当時を回想する風に、静かに僕に語りかけた。それは実際、まさに母が望んでいたことであり、その相手として僕は選ばれ、そして、それを叶(かな)えてやることが、僕には出来なかったのだった。
「そのために、……死の予定を立てる、ということですか? 看取(みと)ってくれる人と、スケジュールを調整するために?」
「人生のあらゆる重大事は、そうでしょう? 死だけは例外扱いすべきでしょうか? 他者と死を分かち合うというのは、臨終に立ち会うだけじゃない。時間を掛けて、一緒に話し合う時間を持つ、ということです。」
「……一人の人間が、もう死んでもいいと思えて、相談された側がそれに納得する。――それは、どういうことなんでしょうか?」
「不治の病、年齢的なもの、……実際には、生の限界が見据えられていて、その延長の是非を真剣に検討させられる状況でしょうね。僕だって、そう先は長くないんだから、予定が立てば、最後に子供たちや孫たちとも、お別れが出来ます。」
藤原は、微笑して言った。僕は、彼のそうした自覚に対して、一種の憚(はばか)りを感じたが、それでも、どうしても訊(き)きたかった。
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July 06, 2020 at 03:00AM
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平野啓一郎 「本心」 連載第291回 第九章 本心 - 西日本新聞
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